桑の樹を路傍にみつけ昼の月


  桑の木を見つけると「あ、桑だ」と思う。それは、楓だの欅だの榎だの、他の木に対して「あ、楓」「あ、欅」と思ったりするのとは少し違う。心の奥のどこかで「蚕の餌めっけ」とひとりごちる自分の声がするのである。小学生くらいの頃、蚕の幼虫はきわめて一般的なペットだった。男の子も女の子も誰もが一度は飼っていて、通学路の雑木林や畑の際にある桑の木は、そうした小さな蚕オーナーたちの格好の餌食だった。かわいいペットの餌にするため、こぞって千切られてしまうのである。新しい樹を見つけると、新たな調達場所として胸に刻む。あれから二十五年以上経た今も、そんな昔の経験の名残が、桑の木に他より少しよけいに注意を払ってしまうかすかな後遺症となって残っているのだから面白い。