麦刈り

刈り終へれば幻のごと穂波かな


  今日の日本農業新聞に、なんと、時田則雄氏の中国語訳歌集が北溟社から出版されたとの記事。これは是非買ってみなければ。読んでみたいのはもちろんだが、中国語での朗読も聴いてみたいものだ。そんなイベント誰か企画してくれないものか。
  麦の刈り時なのに先週は雨がち。土日になって晴れると同時に各所で麦の収穫が始まった。作物の収穫は何でもそうだが、麦の収穫はとりわけ時間との勝負。雨が当たるとそれだけ品質が下がり、収入にならなくなってしまうからだ。時田則雄の歌集一冊に一首必ず入っている麦刈りの歌にも、雨への懸念と、焦りの混じった緊張感がこめられている。繰り返し同じモチーフで語られる歌は、季節がめぐってくるたびに繰り返される営みの確かさそのものである。


月光に濡れてとどろくコンバイン小麦十町穫り終はりたり  「北方論」
麦の穂の波を呑みこみコンバイン雨が降るまで走りてやまず  「緑野疾走」
遠花火きらめく夜更けコンバイン轟かせつつ麦を刈りゐつ  「凍土漂白」
低気圧十勝を去らず曇天をふるはせ麦を刈るコンバイン  「十勝劇場」
コンバイン闇に麦刈る北上の大型台風進路を変えず  「夢のつづき」
麦を刈る機械と男の連携の朝から朝へ乱れず続く  「Percheron」
三日三晩唸りつづけてまだ唸るコンバイン麦の穂を喰らひつつ  「石の歳月」
コンバイン夜から夜へ轟きぬ雨ふらぬかぎり露おりぬかぎり  「野男伝」


  そして刈った麦を運ぶこの歌は、時田則雄の歌の中で最も好きな一首。男歌の極みと思う。


麦八頓男心(をごころ)九頓ダンプカー闇を一気に突つ切つてゆく  「夢のつづき」