みみず

alzira2007-01-26

書庫深く蚯蚓の図譜は潜みをり


  デスクワークに煮詰まると、私は図書室へ行く。微かに黴と紙の匂いが漂う狭くて暗い書庫の空間がとても落ち着くからである。書架に並んだ古びた書物の背を眺めながら一息ついて、また仕事に戻る。
  今日、そんな現実逃避の一刻に、目についた書物があった。それは、「みみず」という本で、畑井真喜司という人の古い著作を復刻したものであった。ふと手に取ってみたところ、タイトルの通りミミズの生物学的専門書だが、実に古めかしい文体で、詩的で文学的なのだ。まるでレオ・レオーニの「平行植物」にも匹敵するというか、文学的おもしろさという点ではこちらの方が上回るかも知れない。一部引用してみると・・・
  「智能の程度   蚯蚓がどれだけ利口な動物であるかをこれから御話し致したいと思ひます。利口と云ふ言葉は簡易で便利な云い表し方ですが、然し此れに學問上の定義をつけるとなかなか複雑であるから夫れを除きまして、私の利口と言ふ意味は本能作用以外に、何か蚯蚓が嘗て得た經驗から聯想して自己を更に有利に動作せしめるかと云ふことであります。更に簡易に申しますと「蚯蚓を教育しえるだらうか」と云ふ問題であります。・・・中略・・・更にダルウヰンに依ると蚯蚓が枯葉を引込む事に熱中して、朝日の身體を射るのに無関心になって居る場合から考へると、蚯蚓には注意力も或る程度迄存在して居ると申して居るが、此等の緒論の可否を議論するのは容易ではありません。・・・」
  要するにミミズが学習行動をするかどうかということで、この後反復行動の実験などが紹介され、大真面目な科学論文なのだが、どうであろう、下手な寓意小説などよりよほど面白いではないか。古い科学の専門書はなかなか味があるものだが、これは群を抜いており、復刻された所以であろう。というわけで借り出してきてしまった。