静謐

静謐の芯より何かあふれくる


something overflows
from the core of
silence


  「4分間のピアニスト」というドイツ映画がある。年老いた女性ピアノ教師と、ピアノの才能に溢れた若い女囚の、魂のぶつかり合いを描いたとても素晴らしい映画である。凶暴な女囚が荒れ、演奏を放り出そうとすると、老教師は言う。“人には成すべき使命がある。あなたの使命は火を見るより明らか、演奏することよ。”
  この人の使命は、短歌を詠むこと。河野裕子さんの歌を読んでいると、本当にそう思う。短歌を作るために生まれてきたひとだったのだな、と。「桜森」は読むたびに新たな歌の発見があり、鳥肌を立てつつ味わう。鳥肌歌をいくつか紹介する。


我が内耳水壷のやうな響きあり月明踏みて何者か来る
ゆふやみの花のもゆらよ蕊に秘むあえかな蜜も揺れつつあらむ
桜森日翳るしじまに人待ちて髪ながく梳く背にやはく梳く
人界のものにあらねば月も花も白すさまじく更けてゆくなり
唇のみが昏れ残りゐる鏡面に肉熱く苦しきわれは近づく    「桜森」河野裕子