屏風

逆光の一糸纏わぬそのをんな
the woman
stand into the light
is completely naked


  昨日書いた、「鑑定士と顔のない依頼人」に、似たモチーフの小説がある。ジェフリー・フォード著「シャルビューク夫人の肖像」である。
シャルビューク夫人の肖像
  十九世紀末の好況に沸くニューヨーク、新興成金から引っ張りだこの倦んだ肖像画家ピアンボが、ある日受ける奇妙な依頼。それは姿を見ずに、屏風を挟んで話だけを聞いて肖像画を描いて欲しいという依頼。
  正直、この本を買って長らく積んでおいた本だった。「鑑定士」の映画を観るにあたり、どうせならこの機会に読もうかとひっばりだしてきた次第。結果、何故今まで読まずに置いておいたのか、自分に蹴り!という感じだ。読み出したら引き込む力が半端ではない。近代と現代の入り交じる、電球と蝋燭、車と馬車の行き交うニューヨークを舞台が魅力的なのは言うまもないが、やはり文章の力なのである。たとえば。

  ピアンボには売れっ子女優である恋人のサマンサが居る。某夫人からの奇妙な依頼に戸惑いつつ応えようとするピアンボを影ながら助けるべく、サマンサはある日ピアンボのアパートを訪れる。ピアンボはノックに応えて戸を開ける。

  「玄関へ出てみると、階段をのぼりきったサマンサが指を一本一本はずして手袋を脱いでいるところだった。黒い髪を凝った編み方でうしろにまとめ、土曜の朝の日ざしを浴びて顔を輝かせている。いたずらっぽい笑みを浮かべたその顔を一目見るや、移り変わるつかみどころのないシャルビューク夫人のことは、きれいさっぱり頭から消えてしまった。」特筆すべきは、最初の「指を一本一本はずして・・」の行。この一文を見るだけで、その女がどんな装いだかわかる。19世紀の淑女の装い。手にフィットするしなやかな革の手袋が相応しいコートドレスと帽子と共に、服装だけでなく、ドアを開ける前に既に装いを脱ごうとしていた、淑女らしさは保ちつつも少しだけ前のめりな様が伝わってくる。凄い描写力だ。あっという間に引き込まれて、一気読みした。
  あまり日本では作家的に注目されていないのが不思議である。寡作だからだろうか。とりあえず。出版されているものはすべて読むことを決意する。