龍宮

すごい句集に出会った。
照井翠の「龍宮」である。釜石で震災に遭い、そのなかで生まれた句を編んだものである。
句集 龍宮


  「俳句とは何か」という論説は多々あるが、ピンと来るものはあまりない。だが、この句集に一つの答えがある。俳句とは、削ぎ落とすことである。削ぎ落とすことによって生まれる美である。それ以外の何物でもない。そのことを、この句集は教えてくれる。


黒々と津波は翼広げけり
泥の底繭のごとくに嬰と母
双子なら同じ死に顔桃の花
御くるみのレースを剥げば泥の花
春の星こんなに人が死んだのか
毛布被り孤島となりて泣きにけり
春昼の冷蔵庫より黒き汁
一切を放下の海や桜散る
芋殻焚くゆるしてゆるしてと
彼岸花全く足らぬまだ足らぬ         「龍宮」照井翠


  生きて地獄を見、「死を免れた」と実感する経験。それぞれの句で描かれる情景は筆舌に尽くしがたい壮絶なものであろう。それを、照井翠は削ぎ落とし結晶化し、天上の美に昇華する。惨状を美とすることに誤解を恐れずに述べるが、「美」だからこそ、読み手は魂を揺さぶられる。智内兄助の絵を思わせるこの句達は、無残に命を奪われた死者達へ手向けられた死化粧なのである。そして、最小限に抑えられ淡々とした言葉の奥に、切々とした深い悲しみと鎮魂の思いを感じ取らせる。日本人ならではの感性が極限まで研ぎ澄まされた芸術である。
  句集を読んで泣いてしまったのは、折笠美秋「君なら蝶に」以来。